Gackt

歴史

ドラムにて負けず嫌い根性を発揮したバンド活動初期に
煽られてボーカルに挑戦することとなる。
声が低いというコンプレックスを打ち破り、次々と新しく魅力的な歌声を生み出す中で
周囲から「ボーカリスト」としての地位を確立されることとなる。
MALICE MIZERの初代ボーカル脱退後、次のボーカルを探していたMana様に見初められ
1995年にMALICE MIZERに加入。
作詞とボーカルを担当するだけに留まらず、バンドを引っ張る一要因としてマリスにとっても大きな存在となる。
翌年(1996年)発売したGackt加入後初アルバム『Voyage』がインディーズチャート1位を記録する程
それまで以上にマリスの人気をぐんぐん高めていった。
1997年には遅いくらいのメジャーデビュー。
熱烈なファンは増える一方で、マリス内では王子様的な位置付けを持つ。
1998年に作詞作曲の両方を手がけた『Le ciel』がメンバァ間や事務所とのトラブルに繋がり
一時失踪した後、マリスを愛してる・誇りだと言いつつも脱退。
表向きはメンバァと揉めたままになっている為、Gackt以外のメンバァ支持者を敵に回したとも言える。
1999年「いつかまた一緒にやれるまで僕にはやれることがある筈だ」とソロ活動を開始。
多くの人がマリスへのリターンを切望する中、マリスのドラマァKami君の死去により
ファンにもメンバァにもGacktにも、精神的な負担が重くなった。
「死んでしまった人の為に出来るのは、嘆くことじゃなくて
その人がいたことを伝え続けて、その人がやりたかったことを自らがやること」と言い
Kami君の話はソロになった彼の口から度々零れる。
解釈は聴く人に委ねると言うものの、徐にマリスやKami君に関する詞が目立つ。
ラフなスタイル、ピアス、金髪、バラエティ・CM出演など
これまでのコテコテなビジュアル系とは一変した為、ファンの入れ替わりが激しくなる。
しかし人気が落ちることには繋がらない。
ソロ初期の事務所ともうまくいかずに再度失踪し、スタッフの人選も自らが行うようになり
以来、信頼出来る人間と創りあげるGacktワールドのスタッフを「Gacktファミリー」と総称。
それが今のFC「Dears」であり、この名はマリス時代の「ma cherie」と同じ意味を持つ。
彼はファンを溺愛し、この関係を「遠距離恋愛みたい」だと表現している。
毎年行うライヴツアァで執念の如く「ファイナルは横浜アリーナに還る」のは
MALICE MIZERとして最後に立ったステージだからであり
そこで帰りを待ち続けるファンがたくさんいるからである。
ライヴ後は暫く意識が戻らない程に死ぬ気でかかり、わざとらしく思える程の荒い呼吸は本気の象徴。
ファルセットだと7種類くらい、声色だと20〜30種類くらい、ビブラートも10種類以上出るらしいが
自己の本質と向き合う為に、1番自分らしさを出せるという喉を締めた歌い方に変更(まだ模索中)。
2002年には北京でライヴを行い、アジア一帯に強い執着を持つことをアピールし出す。
自分が自分らしくある為に、アジア人である認識を高めた上で誇りに思いたいらしい。
2003年に、脚本・演技に初挑戦した映画『MOON CHILD』が公開。
他にもゲームの主役・ナレーションやアニメ声優、週刊誌での連載にも手を伸ばし
「Gacktワールドに入る為のきっかけとなる入り口作り」に力を入れる。
自分を知って貰う為の入り口になるなら、手段は選ばない。
3年もかけた大掛かりな「MOON-PROJECT」に『Last Song』で一旦幕を閉じ
2004年を丸々1年使ってファンへのGIFTを贈っている最中。
ソロ生活5年間を振り返り、過去の楽曲を1から撮り直した2枚のベストアルバムを出すことで
過去の言葉を今も肯定していると言えるだろう。

人柄

最初に与える印象はプレイボーイ的な色気の為、世間に誤解を招きやすいが
メディアを通して見せている姿とファンの前での姿には、敢えて違いをつけようとしている。
凄く真面目で過剰な程に努力をする「いい加減」とは正反対な性格だが
「正しい」の基準はあくまでも己の中に見出すタイプであり
スタイル保持の為に炭水化物をとらないかと思えば
人生をもっと長く楽しみたいと言って睡眠は1日2時間程度しかとらない「本物のバカ」である。
とことん男の美学を追及し、自分にとって苦しいことでも異常な程突き進む。
昔は激しい自己嫌悪の塊だったが、その「一人SM」な生き方のお陰で少しずつ克服しており
レジャーである筈のスノーボードを苦行として自らに戦いを挑む。
白か黒しかない究極過ぎる思考回路の持ち主。
性別も年齢も隔てなく、結局のところ人間としての美しさと自由を求めている。
とにもかくにも枠にはめられるのが大嫌いで「これがGacktだ」と訴え続ける為
関係者及びファンは、安易に「○○系」「○○タイプ」という発言があまり出来ない(笑)。
無茶苦茶なことばかり言うが、想像を越える有言実行を成し遂げるので
多少理解不能なくらい話が大きくても「Gacktだから」で済んでしまうようになった。
その為「Gacktは完璧だ」と勘違いする人が多くなり
違和感を感じた彼は、その過程である努力の部分を見せることで
ファンに対して「やってやれないことはない」という暗示にも近い教えを説いている。
彼はファンにとっての月であり、その光を指し示す「原動力のきっかけ」を与えることも多い。
その為、マリスへの想いを知ることなくずっとソロだけを見ているファンも残念ながら多くいるのが事実。
マリス時代には殆ど苦笑い程度だったヘタすぎる「笑顔」が
ソロ活動で精神的な強さを得ることで、周囲の笑顔をも呼ぶ立派なものになってきた。
欠陥していた感情が少しずつ補われてきているのだろう。
しかし心にある大きな痛みは未だに癒えず、罪も忘れることが出来ず
それを上回る行いや感情で贖おうとしている。
「孤高のアーティスト」と言われる所以は、やはりMALICE MIZERが大きく関わっているだろう。


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