Klahaに対しての気持ち


「やっとジェントルマンが現われたわ♪」
新ボーカル加入を喜びながらはしゃいで見せるMana様の姿は
張り詰めていたマリスの空気を和ませてくれた。
センターを任せて各自が元のポジションに戻り、バンドとしてあるべき姿を取り戻した。

一刻も早く届けたかったという想いでリリースされた『再会と血と薔薇』に続き
『虚無の中での遊戯』もまたボーカリストは不在。
伝わりやすい日本語詞の歌モノを待っていた私には少々物足りなかった。
そんな中で届けられた『白い肌に狂う愛と哀しみの輪舞』で待望の新ボーカル。
Gackt復帰を思い描きながらもそれはまた別問題で、Klaha加入に抵抗はなかった。

シルエットのみで存在を仄めかされ、2夜連続の武道館公演でお披露目となった彼。
物販で売られていたパンフレットで初めて顔写真が公開され
開場前にパンフを取り囲んで「見せて見せて!」「イケメンじゃん!」と騒ぐ一同。
しかし私の心に特に響くものはなく
ライヴを終えても「世界観を壊さない人だったな」という程度しか感想はなかった。
本来ボーカルはバンドの顔だが彼は自己主張をあまりせず
その後も既存メンバーが主体であり、まるでサポートメンバーのよう。

「何としてもMALICE MIZERの活動を続けなければ!」という
焦りのような使命感で動いていた印象の3期。
抱き締めて壊れるのならそれでもいいと鋭利に突進してきた2期と違い
そんな過去にさよならを呟いて「守りたい」と思う気持ちが増していたのだろう。

メンバーが寄り添う姿や、マリスやファンを大切に想ってくれている実感が嬉しい反面
もっと度肝を抜いて派手に振り回してくれる衝撃を求めてしまう自分がいた。
ファンの口からよく語られていた「マリスは期待を裏切らない」という定型句を聞くこともなくなった。
ファンの人口も見る見る減って行った。

「マリスはこうでなくちゃいけないなんて発想はナンセンスじゃない?
 僕らから発せられるものがマリスになる」と言っていたGacktさんがいなくなり
「MALICE MIZERはこうあるべきだ」という価値観が
メンバー内でもファンの間でもたくさんの食い違いを起こしていたような気がする。
後のKoziさんのインタビューでもこんな発言があった程。
「MALICE MIZERって固まったものが出来上がっててその枠から外れることは出来なかった」

「もしGacktがいたら…」 なんて、いけないと思っても過去と比較してしまう。
諸悪の根源として憎しみを募らせながらも、才能は認めざるを得なかった。
大切にしたい人よりも、嫌いな人の方が優れているという実感。
悔しい。悔しい。嫉妬によって憎悪は更に募る。

私が惚れ込んだMALICE MIZERの要素が見当たらなくて、私はミゼラーと名乗るのをやめてしまった。
Mana様個人のファンという位置に自分を落ち着かせることで
好きなのにうまく陶酔することが出来ない理由を見出すしかなかった。

でも『Garnet』のリリースで、素直に素敵だと思えた歌声。
好きになろうとする努力がしんどくて諦めかけた「MALICE MIZERへの情熱」を取り戻し
強引なマインドコントロールではなく自然と再び燃え始めたのだ。
自分の中でつっかえていたものが流れていく安心感。
希望の光が見えた。

一瞬の光だった。
MALICE MIZERとして認識し始めた彼は再びMALICE MIZERではなくなった。

武道館の感想を「シンデレラボーイなんてそんないいものじゃない」と喜びを見せなかった彼は
最後に「MALICE MIZERのボーカリストとしてまだ自分を認めきれていない」と言った。
お金を貰ってるからプロ意識を持ってたとか皆に喜んで貰いたかったとか
己の道を切り開くアーティスト像を求める私は、善意ある社会人である彼にやはり首を傾げてしまう。

活動停止発表の後の雑誌では驚くほど明るくポジティブな発言が多かったし
メンバー皆で話し合ったことで前向きな決断だと語られたけど
真実はそんな爽やかだとはとても思えず、都合の悪いことは隠した印象がある。
最初から加入に否定的だったところを熱心に説得され
レコーディングだけでいいからとメンバーに頼まれた延長からのバンド加入であり
NOと言えないお人好しな性格の限界によって、バンドも共に止まることになってしまったと聞いた。
それならば制作に関与したメンバーがいなくなることで
アルバムとしてまとめて形にすることが出来なくなったと言ったMana様の言葉にも納得出来た。
歌詞を書いたボーカルを失えばメッセージが鈍り、振り出しに戻ってしまうことを意味する。

乗り気じゃなかった彼を説得せずにいられなかったメンバーの気持ちも
Gacktさんと比較せずにいられなかったファンの気持ちも
不安と苦悩を隠しきれなかったKlahaさんの気持ちも
どれも自然で仕方のないものだったと思う。
皆余裕がなくてちょっと焦り過ぎちゃっただけなんだ。

その後彼はビジュアル系ですらなくなり、メイクも薄く爽やかなお兄さんへ転身。
ソロになってからの曲は系統に縛られることなく自由でのびのびしていた。
ああ、本当に歌が好きだったんだね。
MALICE MIZERのKlahaとしてステージに立っていたのが間違いのようにすら思えた。

なのに、ソロの握手会にマリスを思わせる紳士姿で登場したという彼。
ぎこちないメイクは不慣れな自分の手によるもので、Mana様の影のない自発性を伺わせた。
「活動停止の挨拶が出来なかったから、マリスらしい装いで皆の前に立ちたかった」
どこまでも善い人だった。

しかし彼は何も言わずに姿を消した。
まだ頑張れるから待ってて欲しいというメッセージを繰り返し発信し、いなくなった。
精神を病んでいたという噂が広がっていった。
FCの返金対応は遅く、公式HPもある日突然なくなった。
ポジティブな発言を訴えていても、実際はそんなに心穏やかなものではない。
改めて彼の語る前向きな言葉の裏には虚勢があったのではないかと思う。

今はただ彼に感謝しています。
あの時、MALICE MIZERの復活を助けてくれてありがとう。


2015年08月12日

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